貧困で苦しむ方へキリスト教プロテスタント入門ガイド|読者と共に貧乏から脱出するブログ

キリスト教|貧乏から脱出するブログ
 
こんにちは。
 
 
 
ワーキングプア独走中の高橋です。
 
 
 
この高橋もキリスト教徒の端くれでございます。
 
洗礼を受けてから丸3年ほど経ちましたが、相変わらず未熟で日々悩んだり、苦しんだりしています。
 
 
いつもは読者の皆様と共に、具体的に貧乏から脱出する為にどんな行動を取ったらいいか、どのようなマインドセットを作ればいいか等についてシェアさせて頂いています。
 
 
で、今回はキリスト教についてなのでマインドセットとは少し違いますが、私、高橋がどのようなキリスト教的考えからブログを書いているかについてシェアさせて頂き、読者の皆様の貧乏から脱出する為の一助になればと思います。
 
 
ただし、これは私一個人のキリスト教に対する見解でありますので、意見の相違等があるのはもちろんの事ですので、ご了承ください。
 
また、私はキリスト教でもプロテスタントの教会に属しています。
 
 
 

1.キリスト教プロテスタントとは

1517年にマルティン・ルターらの宗教改革によってカトリック教会から分派されたキリスト教です。
 
プロテストとは「抗議する」という意味ですが、当時カトリックは免罪符というものを発行して、これを買うものだけが天国に行けると説き、それにルターらがキリスト教徒は聖書の教えによってのみ救われるとして抗議したのです。
 
 

2.カトリックとプロテスタントの主な違い

 

聖職者 

カトリックは神父が日曜日のミサを執り行い、プロテスタントは牧師が日曜日の礼拝を執り行います。
 
カトリックの神父は婚姻が認められていませんが、牧師は婚姻が認められています。
 
また、カトリックでは映画なんかでよく見る部屋に入って神父への罪の告白(告解)をしますが、プロテスタントはありません。
 
その理由は、カトリックでは、聖職者は神様と人々を仲介するものとして用いられているのに対し、プロテスタントでは人々と神様が直接交流を図るが大事であり、牧師はそのサポート役といった立場だからです。
 
 

教会

ヨーロッパに行けば、カトリックの教会は絵があったり、キリストやマリアの像があったりして豪華できらびやかです。
 
一方、プロテスタントの教会は至ってシンプルで十字架が掲げてあるくらいです。
というのも、プロテスタントは聖書のみが救いであり、偶像礼拝というものをするべきでないという教えがあるのです。
 

考え方

カトリックでは伝統や儀式を重んじるのに対し、プロテスタントは神への賛美、お祈り、聖書の学びといったものが重視されます。
 
また、カトリックではサッカー選手などがよくやる、手で十字架を切ったり、ロザリオという祈りの時に用いる数珠状の用具がありますが、プロテスタントはありません。
 
 
 
基本的には、このような感じです。
 
 
もし、キリスト教に興味があるという方は、プロテスタント、カトリックどちらの教会にも足を運び、自分に合った方を選ばれることをオススメします。
 
 

本題:なぜこの高橋がブログを書くか?

 
 
それは、キリストに出会い、救われたことで神に感謝し、その救いや幸せを他の人にも伝えてたいからです。
 
もしキリストが本物なら、なんでこの世界に苦しむ人がいるのだろう?
 
 
っていう疑問を持つ人がいるかもしれません。
 
実際に私もそう考えたことがあります。
 
そんな時に神様から与えられた言葉があります。
 
 
それは、「苦しむ人たちを救うため、私が使徒として用いられるために神様から与えられた大きな仕事」だという答えを頂いたからです。
 
 
もし、全世界のみんなが幸せで満たされていたら、私が用いられる必要ありません。
 
 
しかし、現実はそうではありません。
 
 
私たち一人一人が神様から与えられたタレントを用いて、この世界の人々をキリストの恵みと救いに導くことが、クリスチャンとしての使命なのです。
 
 
だから、なんでこの世界に苦しみが絶えないんだろうと悲観してはいけません。
 
 
私たち一人ひとりが神様に用いられることで、この苦しみから解放することができるのです。
 
 
 

私の場合は、過去にブラック企業で働き、そこで奴隷のように働いて苦しむ人たちを見てきました。

 

また、自営業を始めてからは今まで関わったことがないような人とも出会いました。
 
 
そんな中で、ラッキーな事に私はイエス・キリストに導かれ、ワーキングプアで貧乏でも救われるという体験をしました。
 
 
それを、今貧乏で苦しんでいる人の為に私の時間と知識、体験を読者の皆様とシェアすることで、少しでも幸せになってもらいたいと思っています。
 
 
だから、ただ適当に記事を書いているのではなく、本気で役に立つような記事を書こうと努力している訳です。
 
 
これからさらに人の役に立てるように、祈りを通してキリスト教徒として神様に用いられたらな、と日々考えています。
 
 

結局神様のしたい事って何?

 
このよう疑問を持つこともあると思います。
 
その答えは「私たち人間を救うことです。」
 
 
私も子供ができて、最近分かるようになったことですが、自分の子供を愛しているということです。
 
それは神様と私たち人間の関係と同じです。
 
 
我々クリスチャンは神様のことを父と呼びます。
 
聖書の中でも、神様は人間を救うために、イエス・キリストという神の一人子を使わされました。
 
 
その結果私は救われることになったのです。
 
また、もし自分の子供達が父親に全く関心がない、嫌い、反抗期、忘れているんだったらすごく悲しいと思います。
 
 
なので、クリスチャンは何よりも神様に向き合い、我々も神様を愛することが大事ですのです。
 
 
私の人生の使命は、そのような神様に無関心である兄弟姉妹(キリスト教徒でない人)に対して、神様のことを伝える(福音)ということだと思っています。
 

まとめ

 
以上、今回はキリスト教のカトリック・プロテスタントの違い、高橋のブログを書く根本的な理由についてシェアさせて頂きました。
 
また、気付きがあるごとに記事を更新していきます。
 
 
では、読者の皆様が少しでも救われるよう祈っていますので、今後ともお付き合いください。
 
God bless youです!
 
 
 
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